みかんの日記~病気と一緒に。夢に向かって。~

いくつかの病気と一緒に歩む日々。夢に向かって進んでいきたいです。

私流エピペン持ち歩きバッグ〜私、エピペン所持者になりました〜

こんばんは。みかんです(^^)

今日はエピペンというお薬に関してお話をしようと思います。

「エピペン」という薬をご存じですか? どこかで聞いたことがあるかも知れませんし、聞いたことがないかも知れません。

まず、エピペンのガイドのリンクを貼っておきます。 http://www.epipen.jp/download/manual.pdf

必要なところを要約すると 「エピペン」は全身に短時間に現れる激しいアレルギー症状である「アナフィラキシー」が起きた時に使用する、自己注射の薬です。(アドレナリン自己注射薬 ) 「アナフィラキシー」は症状が進行すると「アナフィラキシーショック」という命に関わるショック状態になることがあります。 「アナフィラキシー」の状態になった時に、「進行を一時的に緩和し、ショックを防ぐための補助治療薬」がエピペンです。(リンクより)

あくまでも緊急時の補助治療薬であるため、「エピペン」治療後は受診し、医師の診察を受けなければなりません。

アナフィラキシー」はいつ起こるか分からず、また急激に症状が進むため、「エピペン」を処方された人はいつも持ち歩いている必要があります。

年が明け、アレルギー専門医の主治医の受診で12月の誤食のことについて相談したところ、私も「エピペン」を持つことになりました。(誤食について詳しくは誤食事件→食物アレルギーで救急外来へ… - みかんの日記~病気と一緒に。夢に向かって。~ (補足)この記事では原因が詳細は不明になっていますが、主治医の指示で原因となった食物を明らかにするために某喫茶店に問い合わせたところ、マヨネーズが原因であったことがはっきりしました。卵の表記がパン(治療の成果で食べられるようになった)ではなく、マヨネーズなども有り得ることを再確認し、マヨネーズがが入っているか、個別に聞くことを主治医と約束しました。)

前述したように「エピペン」はどこに行くにも持ち歩かなければならない、緊急時用の薬であり、またエピペンは熱に弱いので夏場は気をつけなければいけません。 そこで、何点か工夫して、私流の『エピペン持ち歩き用バッグ』を作ったので紹介します。

まずは画像。 外から見るとこんなかんじです。

Let's open!

ここから少し中身と意図を紹介します!

☆エピペン☆

これが一番大事!!!箱には緊急時用の情報や、使い方の紙が入っています。エピペンにはトレーナーといって、針と薬液なしで自己注射の練習が出来るものがあるので自分では練習していますが、このセットにはトレーナーは入れていません。万が一本体とトレーナーを緊急時に間違えてしまうと困るので…。(学校等では本人が打てない(体調が悪化等)場合に先生が打つことが認められています。

☆外のケース☆

外のケースは雑貨屋さんで売っていた、「保冷機能付きペットボトルホルダー」です。夏場に保冷できるように、またサイズも考えて、これがぴったりでした!

☆筆談用メモと名前ペン☆

私は呼吸器にアレルギー症状が出ることが多いので、緊急時に話すことができない可能性があります。そのため、筆談用メモを用意しました。またエピペンを打たなければいけない症状の時には(実は前回以外にも過去に何回かエピペンを使う対象の症状になった経験があります。)手に力が入らないこともあるので、筆圧を気にしなくていいように、名前ペンを用意しました。

☆ヘルプマーク☆

ヘルプマークとは「義足や人工関節を使用している方、内部障害や難病の方、または妊娠初期の方など、外見から分からなくても援助や配慮を必要としている方々が、周囲の方に配慮を必要としていることを知らせることで、援助を得やすくなるよう、作成したマーク」(http://www.fukushihoken.metro.tokyo.jp/smph/shougai/shougai_shisaku/helpmark.html )です。現在、全国17の自治体で配布されていて、今後も拡大されていく予定です。 ヘルプマークの裏にはメモを書くことができます。

「エピペン」はその人がエピペン所持者であれば救命救急士の方が打つことができます。(http://www.fdma.go.jp/pdf/2009/0817/02_houkokusyo.pdf (総務省消防庁)11ページ)万が一の場合に、救命救急士の方にエピペン所持者であることを伝えられるように書きました。

アレルギー症状は時に命に関わります。緊急時が無いのが一番ですが、緊急時のためにしっかりと備え、自分の命を守りたいと思います。

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病気と生活しながら頑張る中学受験生へ

今週のお題「受験」

こんばんは。みかんです(^^) またずるずる金曜日になってしまいました(^_^;)今週末は書くことも決めていて、とあるお薬の話です、ちゃんと週末更新します!(宣言)

さて、今週のお題が、「受験」だったので、対象がピンポイントとなってしまいますが、自らの病気と共に生活しながらの中学受験時代を振り返って、「病気と共に生活しながら頑張る中学受験生」にささやかなメッセージを。

私はIgA血管炎と闘いながらの受験生活を送りました。運動制限で水泳以外の体育はすべて見学、そんな日々はIgA血管炎を発症した小3の10月から小学校卒業までずっと続きました。 先行きが見えない、中学に上がって、高校に上がって、病気が治って体育ができるようになる保証なんてどこにもなく、 受験する学校の説明会でも、個別相談で体育の単位等について相談していました。

成績は塾の先生にも本気で驚かれるほどの教科間の激しい差(理科社会>>>国語>>>>>>>>>>>算数)とジェットコースター系の成績で、泣いたりもしましたが、それでも受験勉強が楽しかった要因の1つは 運動制限で長時間歩行は禁止(1番IgA血管炎の状態が悪かった小4の時は体調が良くても1時間が限界、優れなければ徒歩15分の学校へも車が必要でした。)、走るのはもちろん禁止、よって学校の体育もほぼ見学、の生活でも勉強してる時は完全に忘れられることはないにしても、日常生活と比べれば、ずっとずっと、病気の自分ではなくて良かったことだったと思います。 塾でもビルの階段が登れず、職員用エレベーターを貸して頂いたりご配慮頂きました。 塾で私が病気であることが周りに分かるのはエレベーターのことぐらいでしたが、勿論その事で心無いことを言われたりもしました。周りの健康な子のような体力が無く、厳しさを感じたこともありましたが、それでも純粋な紙の上だけは同じ土俵の上で戦えました。 学校などの日常生活では「参加する」という名の、皆と同じ土俵に乗るという行動も病気によって度々制限される中で、このことは当時の私にとってはすごく嬉しいことでした。

また受験生活の精神面において、病気が強くしてくれたこともありました。 成績のことで多少凹むことはあっても、病気の悪化に関しての凹みに比べたら全然凹まず、本番前のドキドキも毎月の通院の時の検査結果が大丈夫かどうか?の方がよっぽどドキドキしました。本番前は周りの大人に「肝が座り過ぎ」なんて言われたものです。

そして奇跡は起きました。 合格を頂けました。

もちろん奇跡は支えてくださった全ての方のおかげです。そして、その「全て」の中には病気もいました。本番前の落ち着き、成績の件では凹みすぎないこと、など、その中には少なからず、病気のおかげであることもあったのです。

最後に。 病気を持ちながら頑張っている中学受験生へメッセージを。

〜メッセージ〜 いよいよ受験本番シーズンですね。

病気を持ちながらの中学受験生活、健康な人より大変なことも本当に色々あったと思います。

でも気付かないところで病気が強くしてくれたところもあるかもしれません。

振り返ると、自分では知らないうちに気持ちが強くなっていたりします。

だから大丈夫。

今は高校生になった病気持ちの元中学受験生は応援してます😊

サクラサケ🌸

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2018年の抱負は、私という車を長距離で運転すること。

今週のお題「2018年の抱負」

こんばんは!みかんです(^^)

2018年最初の記事です。

2018年の抱負は「私という車を長距離で運転すること」です。

私は昔から心が先走って、身体のことを置いていきがちでした。 いや、辛い心を忘れて置きざりにするために、活動的だったところもあります。

そして2017年は置いてきぼりにして、ずっと忘れたふりをしてきた辛い心が、身体を通して悲鳴をあげました。

2017年の振り返りでも触れましたが、2018年は自分と向き合い続けつつ、学校生活全般、部活、勉強、体調、などなどバランスを取っていけるようにしていきたいです。

これらを車の車輪に例えると、これらのうちどれかが暴走すれば、車は壊れてしまいます。また暴走しすぎても車は壊れてしまいます。かといって、車輪をしっかり回さなければ、私が「学校生活を、部活を最後まで楽しむこと」「国公立大学医学科に現役合格」といった、目標としている地点にはたどり着きません。

まして、私の車の車体(つまり身体)そのものは、ほかの人の車の車体よりも弱くもろいのです。それは分かり切った事実であって。

でも私の身体は私の身体ですし、私はこの身体で、私の人生を全力で楽しみ、だれかのために役立てるように、やがて終わりを迎える時に、幸せだったと思える人生になるように、精一杯生きていきます。

2018年は、私という車を壊さずに、長距離で運転して生きていくことを頑張ります(^^)

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私の今年の漢字 2017

「私の今年の漢字 2017」

こんばんは。みかんです。

大晦日ですね。

今日の記事では、「私の今年の漢字2017」と題して、今年を振り返ろうと思います。

 

私の今年の漢字2017

それはズバリ…

「向」

です。

 

f:id:allekkohspmikan:20171231204721j:image

なぜ「向」なのか…?

 

この漢字は「向き合う」という言葉から取りました。

この一年を振り返ると、色々な意味で大きな転換点となる年だったと思います。

 

IgA血管炎は幸い、大きな悪化はなく過ごすことができました。2010年10月に発病して以来、IgA血管炎と付き合ってきましたが、2017年、なんと初めてIgA血管炎による運動制限は一切かけられずに過ごすことができました!(なおEDSによる運動制限はありました。)運動制限によって水泳以外の体育にはほぼ参加することができなかった頃の小学校3~6年生の頃や、部分的に運動制限のあった中学生の頃のの私報告したら、きっと泣いて喜ぶと思います。最も病気のコントロールが悪かった時は1時間の歩行で悪化していたことを思えば、感謝の限りです。

 

しかし2017年は病気が増えた年でもありました。

 

3月にエーラスダンロス症候群(以下EDS)関節型の疑いが濃厚と診断されました。

 

また6月には小児心身症の診断も受けました。

 

その中で、2017年は私は様々な自分と向き合ったように思います。

 

自分の身体と向き合う。

 

自分の心と向き合う。

 

自分の過去と向き合う。

 

自分の現在と向き合う

 

自分の未来と向き合う。

 

自分の身体と向き合うことのように、過去にも向き合ったことがあったこととも、自分の過去と向き合うことのように初めて向き合ったこともありました。

 

実は私はきょうだい児(※障害を持つ兄弟姉妹がいる人のこと)でもあります。

きょうだい児には色々な気持ちや悩みがありますが、そのようなことにも、専門家の助けを得ながら、今までより正しい向き合い方で、深く向き合いました。

 

正面から向き合うということは、どんなことについてでも、大変なことです。

 

私もまだ向き合うということを始めたばかりで、終わりは見えません。

 

いや、向き合うということに終わりはなく、向き合い続けるか、目を背けることしかできないのかもしれません。

 

私は2017年、今まで目を背けてきたようなこととも、新たに向き合い始めたことで、発見できたことが沢山ありました。

 

今、向き合ったことによる、小さな小さな発見の数々が、少しずつ道を開けていくような気がしています。

 

向き合うことで、成長することができました。

 

2017年が終わる今日、私を、様々なことと向き合わせて、様々な面から支えてくださっているすべての方に感謝しています。

 

来年も、その先も、様々なことに向き合い、考え続けていきたいです。

 

また同時に未来と向き合うことのひとつとひて、将来の夢を実現するために、茨の道と呼ばれる、国公立大学医学部の現役合格に向かっても一歩一歩歩んでいきたいです。

 

2017年をこうして過ごせたことに感謝して、2017最後の記事を終えたいと思います。

 

2017年、皆様本当にありがとうございました!!

 

読んでくださりありがとうございました!

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どの道が良い人生かなんて誰にも分からないから。

こんばんは。みかんです。

読者の皆様、メリークリスマスです!

いつもありがとうございます!

最近週末に更新できていませんが、週1は更新したいと思います…(汗)

 

さて今日は久しぶりに思ったことを綴る記事です。

 

私がIgA血管炎と出会わない人生だったら…と考えてみました。

もしかしたら、あのままバレエの道を進んで成功して今頃はプロの道へ向かって歩いていたかもしれない。

もし病気と出会わなくても、故障で(バレエは故障が多いのです。私も未だに当時のケガ(右足関節外側靭帯損傷)の古傷が痛みます。)道を変えていたかもしれない。

バレエでも今の道でもない、想像もつかないような、別の道に進んでいたかもしれない。

いくら想像しても、今歩んできた人生以外のことは、誰にもわからないわけです。

私の16年の人生(大人の方々からしたらたった16年と思われるでしょうか)から考えたことですが、病気に限らず、人生、色んなことが起きるわけです。これまでも。これからも。そうして人生は様々な方向、時には全く思いもよらないような方向に進んでいくのでしょう。

 

結局、どの人生が良いのかなんて、人生が終わるまで、誰にもわからないんだと思います。つまり、誰にとっても、ずっと目指していた、けれども何らかの不可抗力によって諦めざるを得なかった、と輝いて見えるあの道が「良い人生」である保証なんて何処にもないのだと思います。

過去に進んでいたあの道と同じように、今進んでいる道が、何らかの不可抗力によって簡単に捻じ曲げられてしまう可能性も十分にあるわけですし、またどの道を進んでも、良いことづくめ、辛いことなし、の人生なんて、どの道を進んでも無いわけです。

 

だから私は、人生を終えた時に「苦しみや悲しみ、辛いことも、嬉しいことも、楽しいことも、幸せを感じることも、色んなことがあったけど、全部まとめて、良い人生だったなぁ。」と思えるように、この先どんなことがあっても、全力で生き切りたいと思います。

 

そして、その人生の中で、誰かの役に立つことができれば幸いです。

 

読んでくださりありがとうございました!

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第3回全統模試

こんばんは〜。みかんです。 ばたばたしていたら木曜日になってしまいました(汗)

模試ごと恒例の模試振り返りの記事になります。 この類の記事、毎回毎回つまらなくて申し訳ありません。 私の医師を志す気持ちはとても強いので、あとは学力をつけて、医学部に入るために勉強しなければならないのです。その道すじを残すという意味でもここで記録させてください。

英語 137/200(偏差値69.4) 数学 123/200(偏差値 58.2) 国語 135/200(偏差値 63.9)

総合 395/600(偏差値 63.8)

塾で説明会聞いてから、総合の偏差値が現時点で70超えられたら…。と思っていますが、まだまだ遠い…。

国語は古文が足を引っ張ってしまいました。 (現代文の偏差値→73.2に対して古文の偏差値41.7…)

英語は少し下がり…。

数学が第1回<第2回<第3回と少しずつ少しずつですが、じわじわと上がってきました。努力します。まずは数学を、偏差値60台には載せたいです。

気持ちはとても強い。 小児科医になりたい。 免疫学の研究に関わりたい。 あとはこの気持ちを形にしなければ。

努力します。

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誤食事件→食物アレルギーで救急外来へ…

こんばんは。みかんです。

3:30ですね…(^_^;) なぜこんな時間に起きて、ブログ更新しているのかと言いますと、今だけ飲んでいる、とある薬の副作用の不眠で寝れないんですね。そして多幸感という副作用なのか、テンションが高いような感じです…。何の薬かはこの記事の後ほどの方に。

定期試験が終わり平和が訪れると思われた今週、何が起きてしまったか…はこの記事を読んでいただければと思います。

実は火曜日からとても体調が悪く…。強い悪心と腹痛で立ち上がれず、布団の上で水曜日に試験があった物理の試験勉強をすることに…。

水曜日は元々の受診日。前回の記事に書いたIgA血管炎が悪化したかも…という件(詳しくは前回記事へ…)に関しても主治医に相談することができました。現時点では大きな悪化では無さそうでら関節症状などが悪化したら、また精密の尿検査をというお話でした。そして、悪心と腹痛についても薬を処方してもらいました。

そして木曜日は試験最終日。 とりあえず無事に試験を終え、塾の前に軽食として近くの某喫茶店に行き、ハムサンドを食べていました。(悪心と腹痛の件もあり、かなり食欲は無かったのですが、ハムサンドなら食べられる気がしたのです。)

いつもと同じハムサンドを頼んだつもりでした。 が、実はメニューが変わっていて…。

「レタス挟むようになったんだ!」と思って食べていたら、なんだか唇がかゆい…と思っていたら、途中でうっすら酸味のある白い液体を中から発見…。

誤食事件発生…。

おそらくは、マヨネーズ、または卵が含まれているドレッシング(シーザードレッシングなどは卵が含まれています)であったかと思います。

そのうち、息が苦しいような感じが出てきたので、頓服として処方され持ち歩いているセレスタミン錠(抗ヒスタミン薬というアレルギーに対する薬と、ステロイドという炎症を抑える薬が一緒に入っている薬です)を使い、母に連絡しました。

その後、国立病院の救急外来を受診。 その頃には、咳が止まらず、心身症からのとはまた違ったような、喘鳴(息をするとぜーぜー、ひゅーひゅーなどという音がなる)の症状が出てきてしまいました。

トリアージ(救急外来ではまず看護師の方が来院した人の緊急度を見ます)でのバイタルは頻脈以外は大丈夫だったようです。

その後診察室に呼ばれ、すぐにルート(点滴)がとられました。食物アレルギーの発作で血圧が急に下がってしまい危険な状態になってしまうことを防ぐために、急速に酢酸リンゲル液という点滴を入れました。また同時にポララミンという抗ヒスタミン薬も入れました。 (ちなみに、急速に点滴を入れるには点滴の針が太くなくては入れられないので、太め(献血と同じ)の針…。)

その後診察をしてもらい、抗ヒスタミン薬を身体の中に入れ終わっても、咳が止まらない、聴診器を当てなくても喘鳴が聞こえる(後で担当医の先生がお話していましたが、聴診器を当てるとすごかったらしいです。)状態だったので、今度は吸入(ベネトリン)をすることに。

吸入をして、自分の感覚としては少し良くなったのですが、診察ではまだまだ呼吸の音が良くない状態だったそうで、もう一度吸入をした後、ステロイドという炎症を抑える薬を点滴で入れることになりました。

ステロイドの点滴後、幸い、咳はだいぶ治り、喘鳴も聴診器で聞くとまだ少しは残るものの、良くなりました。

担当医の先生の説明によると今回の症状は、呼吸器のみに症状が現れているため、アナフィラキシーアナフィラキシーの場合は全身の複数箇所に症状が現れる)では無いが、気管支喘息のような状態になってしまっていたそうです。 担当医の先生には「ちゃんと病院に来てもらって良かったです」と言われました。またできるだけ早くに小児科の主治医も受診するように言われました。

入院しても帰宅してもどちらでもいいと言われましたが、次の日も学校があったため、帰宅しました。

ただし、今回のことで、反応や発作が起きやすくなっているので、その反応を抑えるために、プレドニンというステロイドの飲み薬を1日20mg(10mg×朝夕)、3日間飲むことになりました。

(はい、冒頭の「とある薬」はプレドニンです。)

明けた金曜日、国立病院の小児科の主治医を受診。 前夜の話と診察、そして卵の摂取は完全加熱も含めて一旦ストップ。という指示をもらいました。

つまり、完全除去生活に一旦戻ります…(´;Д;`)

あとは総合病院のアレルギー外来で冬休みに相談になりそうです。

今回の誤食では、かなり症状が出てしまいました。

私は今回の件でとても反省しています。

元々体調が悪かったことをベースに持ちつつ、

いつもと同じメニューであると思っていたため再度の確認を怠ったこと、部分除去(完全加熱は可)であったため27品目表を見ても食べられる範囲の卵まで表記されているので分からないが、おそらくパン(完全加熱)だけだろう、という気持ちが以前からあったこと。

しっかり確認しなければ危ないということを身を以て学びました。

今後、同じことをしないように、気を引き締めます。 また、しばらくは久しぶり(制限の部分解除に慣れてしまうのが早かっただけかも知れませんが、完全除去生活が久しぶりに感じてしまいます。)の卵完全除去の生活となるので、気を引き締めたいと思います。

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