みかんの日記~病気と一緒に。夢に向かって。~

いくつかの病気と一緒に歩む日々。夢に向かって進んでいきたいです。

IgA血管炎と運動制限解除の歩みをざっくりまとめました

こんばんは。みかんです。

またまたテスト前に風邪をひいてしまい、バタバタしているままブログを2週間スキップしてしまいました…なんとか無事に期末テストを受けきることができました!

「IgA血管炎の話」シリーズの記事がなかなか書き進められていないので(汗)、今までの経過をまとめてお伝え出来たほうがいいかと思い、今日の記事では運動制限の視点からざっくり「IgA血管炎と運動制限解除の歩み」をざっっくり(!)まとめてみようと思います。

※ちなみに、私の紫斑症状については、紫斑が0になることは今日までほぼないです。紫斑が出るということは前提で、紫斑は出るけれどどのくらいでるか、という視点の話になっています。

(小学3年生)→体育全面禁止、長時間歩行禁止

2010.10.15 小児科受診、診断

           そのまま入院でベッド上安静(トイレ以外歩行禁止)

退院3,4日前(?)に病棟内の歩行許可

2週間ほどで退院

1週間ほど自宅療養、近所を歩くことを慣らして、1週間後の外来で運動全面禁止(体育見学)での登校許可

 

(小学4年生)→水泳以外の体育全面禁止

症状的に歩行は最大約1時間が限界(1回、買い物中に関節症状でそれ以上歩けなくなりました…。以後ショッピングセンターや広い公園など、歩行時間が長くなるところはその場のレンタル車椅子を借りていました。振り返るとこの年のコントロールの悪さはピークだったかもしれない)

夏→「浮力のおかげで、重力による負担がかかりにくい」と水泳の授業のみ許可!

この年の冬からたまに関節症状が時折出るようになりました。

関節症状で片道15分の小学校への往復徒歩が厳しい時や、学校行事で地域の公民館まで20分ほど歩かなければいけない時などは車で送ってもらいました。(感謝)

 

小学5年生)→水泳以外の体育全面禁止、

約2時間を超える歩行は体調が良くても厳しい

やはり長時間歩行が厳しく、場合によってはその場のレンタル車椅子をお借りしていました。

やはり関節症状が時折。

 

(小学6年生)→水泳以外の体育全面禁止、

歩行は小6の末には3時間ほど歩けるように!

(関節症状が改善しました、歩行した後に紫斑は増えますが…)

修学旅行は私はグループ行動の途中で休む時間を作ってもらったり、山登りを骨折した子と植物園に行ったりして行くことができました!

 

(中学1年生)→体育は一部制限(陸上競技、跳び箱、倒立は禁止)

中学入学というタイミングで、長く運動制限が続いていること、それまでよりは紫斑症状が改善傾向にあるということなどの理由で「ここまで来たら、少しずつ運動をやってみるしかない。関節症状が出た時は運動しないこと。」という方針に主治医となり、制限が一部解除されました。ちなみに倒立の禁止は、長期の運動制限で筋肉が落ちているため、体を支えられない可能性があり、危険だという話だった記憶です。

 

(中学2年生)→体育は一部制限(陸上競技、跳び箱、倒立は禁止)

この年、無事に制限のあるもの以外は関節症状なくすべての授業を受けられました!

 

(中学3年生)→(晴れて!)運動制限完全解除!!

陸上競技、跳び箱、倒立も含め、すべての運動制限が解除されました!制限解除後、初めての1キロ走の気持ちは忘れられません。天に上るような気持ちでした。

この年の秋に風邪から一気に紫斑症状が悪化し、再燃疑惑がわいた時は1週間運動全面禁止、冬からはEDSの精査になり3か月体育全面禁止になりました。

 

(高校1年生)→(関節過可動ともうまくつきあうことになり…)改めて完全解除!

 

こんな経過です。今の状況に本当にありがたく思っています。

この記事にはあまり書いていませんが、こうして書いているとそれぞれの時期の運動制限と運動したい心の葛藤を思い出します。

大人になっても絶対に忘れずにいます。

 

読んでくださりありがとうございました。

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